第14話

記者室の主?

 記者室の中心人物といえばだれだと思いますか。棋士の主な常連は、林海峰九段、石田芳夫九段、武宮正樹九段、上村邦夫九段、小松英樹九段、大矢浩一八段、小林泉美女流名人、武宮陽光三段、光永淳造三段らでしょうか。木曜日はたいていいますね。

しかし、なんといってもはずせないのが、安倍吉輝九段です。おちゃめで、安倍先生を嫌いな人はいないのではないかと思うほど人気者です。棋士で(たぶん)唯一、自宅<−>棋院の定期を持っているという(うさわの)人です。手合いの開始時間は午前10時ですが、安倍九段はその15分以上前から記者室にいます。「今日は手合いですか?」ときいても、たいていは「いや、手合いじゃない」とおっしゃいます。朝一番から研究熱心……と思いきや、記者室のソファで高いびきをかいて寝ていることもあります。そんなんだったら、家で寝てからくればいいのに、と私なんては思いますが……。

いい相手が見つかると、将棋をさしたりしています。安倍九段は将棋好きで、囲碁だけでなく将棋のパーティ(就位式や優勝祝賀会)もほとんど出席していて、将棋界の人には「安倍先生は棋院の渉外担当」と長い間信じられていたそうです。

食べることが本当にお好きで、嗅覚は人一倍。平塚で商店街のはじからはじまで使った「300面打ち」での出来事。打ち上げの場所が少し離れたところにあって、若手の棋士たちはどこにあるかわからない。でも「安倍先生についていけば、かならず食べ物にありつける」という定石があるようで、みんな全く心配していない。結果、ちゃんと安倍先生についていってちゃんとパーティ会場にたどりついたそうな。

趙治勲九段は、昼も夜もそばやきしめんの店屋物を注文して、記者室においておくように指示しているようです(たいていの棋士は6階の控室で食事をしますが)。夕食も一応注文して置いてあるのですが、打ち掛けにしないと、食べるチャンスが無くなりそのまま置きっぱなしとなります。すると、安倍先生の出番。時計とにらめっこして、午後7時になると「なった!」とおっしゃい、ほとんど汁のなくなったきしめんをすすり完食します。「7時になったら、食べていいという約束になっているのですか」ときくと、「いや、勝手に決めたんだがね」。今のところもめていないので、良識ある(?)行動なのでしょう。

先日、苑田勇一九段とお話ししました。安倍先生との対局で大ナダレができたそうです。あまりふつうでない変化の途中、安倍先生が腕を組んで長考の末、ぼやいたそうです。「うーん、思いだせん……」。それをきいた苑田先生は、苦笑してしまったそうです。真相は、ご自分の本に書かれた新型らしき形を忘れてしまった、ということらしいのですが、自分で工夫していったのに自分で忘れてしまったようです。

対局中にけっこう大地震があったとき。大勢が右往左往してる中で、安倍先生は唯一人、碁盤を必死に押さえていたそうです。これも語り継がれています。

「趙治勲のきしめん」以外は、あくまで「伝聞」「うわさ」です。でも、業界では「定説」になっているようですが。

なゆき


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