なゆき
本名=内藤由起子1966年9月生。丙午だけど乙女座A型。
木谷道場があったことで有名な神奈川県平塚市で生まれる(うちと木谷家は徒歩10分もしない近所だった)
平塚市立花水(はなみず)小学校、平塚市立浜岳中学校、神奈川県立平塚江南高等学校卒業(小学校、中学校は大竹英雄九段や石田芳夫九段と同窓。小林光一十段は四谷道場からなので、同窓ではありません。高校は小林禮子七段が先輩)。
ちゃきちゃきの平塚っ子、または湘南ギャル。中学校時代はバスケットボール部に所属。部長でガードだった。
昭和60年、お茶の水女子大学入学。専攻は家族関係学。得意は夫婦関係で、ちなみに卒論は「訂正離婚率における地域的差異」。
平成元年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。業界3位のM海上火災保険担当営業として、身を粉にして働いた。保険担当営業所、初の女性営業だった。睡眠時間は極端になくつらいことが多かったけれど、今から思えばけっこう楽しかったような気もする。
平成5年に会社を辞めて、お茶の水女子大学大学院修士課程に入学。「夫学」の研究をした(つもりになった)。半年間の留年も経験し、7年9月に修了。
平成7年11月に日本食糧新聞社に入社。新製品担当の編集・記者として働いた。平成9年1月に同社退社。
プロフィール
免許
中・高家庭科教員免許尊敬する人
木谷美春好きな作家
作家ではないかもしれませんが、立花隆。小説よりノンフィクションが好き。チャームポイント
生まれてこのかた虫歯を作ったことのない歯並びのいい歯両目たして2.7ある視力
趣味
サザンオールスターズ。というより桑田佳祐か。1978年(デビューの年)からのファン。高校生のとき、桑田さんの親が経営する平塚にある喫茶店(夜はスナック)でクリームソーダを飲んだ。筋トレ。ジムに行けば腹筋は200回やる最近は背筋を75回やって、その分、腹筋を少なくした)
外野席で野球を観る(日本棋院関係者で総勢5人いる日ハムファンのひとり)
目的のあるドライブ
最近の記録
ベンチプレスで45kg挙げた。結婚披露宴によばれた。33回目。もちろん2次会のみは含んでいない。
ストレス解消
料理。冷凍保存のきくものを大量に作る。(ミートソース、餃子、シュウマイ、ハンバーグなど)いつも考えていること
冷蔵庫の残り物をどんな料理にするか着メロ
「ミス・ブランニューデイ」「秘密のデート」など。最近、カラーのH”にかえて、音楽がよくご機嫌。一番うれしかったこと
中学校のマラソン大会で学年で10位入賞したこと自慢
中学校の弁論大会で最優秀賞をとった小学校6年のときポートボール大会で平塚市で優勝した
小学校のとき必ずリレーの選手に選ばれた
碁歴
3才のときに、10級あるかないかの父からルールを教わる。同時に将棋のルールも教わって「どちらでも好きな方をやればいいんだよ」という言葉に、なぜか「碁の方がいい」と答えた。ひらがなや数字を覚えるのと同じように碁のルールも身につけた。小学1年のときは碁会所で10級くらいで打っていた。小学5年から中学2年まで茅ヶ崎の地方棋士・中村元彦六段にお世話になる。4段になった。
作曲家の父が、木谷家の長女・木谷和子さん(東京芸大卒・音楽家)と親交があった縁で、木谷会に中学2年から通う。
主な戦績は全日本女子学生選手権四位、女流アマ選手権ベスト16。
現在、東日本学生OBOG囲碁会・役員、日本囲碁ライター協会・役員もやっている。
観戦記者歴
朝日新聞囲碁担当記者(現在はデスク)が、「手垢のついていない(他で書いたことのない)女性」で観戦記が書ける人をさがしていたとき、アマ十傑戦で記録などのアルバイトをしていた私を思い出して声をかけていただいのがきっかけ。文章うんぬんより、てきぱきと動いていた身のこなしが記者向きだと思って、というのが理由らしい。アマ十傑の一回戦、佃優子さんの観戦記(夕刊に掲載)が試験となった。その年の秋、阿修羅記者が急死して、突然、学生十傑戦に抜擢される。そのまま22期名人リーグ・武宮九段−片岡九段戦でデビュー、現在に至る。
23期が始まってすぐ、日本食糧新聞社を退社した。